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絵を描くヤギの日記

絵を描きながら旅をする八木の日記

キングストンギャル少女

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2009年12月

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キングストンのダウンタウンを散歩。
昔はスカ、レゲエのレコード屋がたくさんあったってゆうオレンジストリートあるくのはこころおどったなあ!


テクニークス!!

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ここをプリンスバスターやドンドラモントはじめスカタライツの面々、コクソンドットなんかがあるいてたんだーって。
おもいだすだけでも、おしっこ、にじみでてきそうやんか。






でもいろんなひとから治安の悪い街だときいていたので、どきどきしていた。


どきどきしてつかれて、しかもとにかくあつくて、すこし、バス停らへんの広場でやすんでいると、すぐ横にいた制服をきた10歳くらいの女のこがはなしかけてきた。








ブルースリーのまねしてみてよ、ってゆうから、ちょっとやってあげたら、女の子は、なにそれ、そんなんあかん、そんなんじゃなくて、って、こうするの、って、アチャアアチャアやって教えてくれた。

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青い制服が黒い肌にとてもあっている。

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友達と!

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油彩 F8










ジャマイカにはキングストンだけ、一週間だけの滞在でした。

現地に住む方に、山奥のラスタのコミューンにつれていってもらったのがとても良い思い出。
そこではラスタの人達が、植物のようなゆったりした生活をしていた。
90歳くらいのドレッドが身の丈以上ある長老はまさに巨大な木のようだった。


豊かな山の水、葉、心臓のリズムで演奏されるナイヤビンギ。

自然を、神を体に染み込ませるための日々をおくっているようにも思えた。

そこには10人くらいの人が暮らしていたんだけど
コミュニティーってそれくらいの規模で、それ同士が支え合うような社会が理想的なのかな。って最近、思う。





コミュニティーの感覚がふわふわしてて、
隣に暮らす人の名前も知らないのに遠くの見たこともない人を援助するということには、僕は絆とか団結とかいうものの普遍的な重要性をあまり感じれない。







僕がいま生活している西表島。
サトウキビ刈りがはじまる1月初旬、小学校と中学校で育てたサトウキビを学校の生徒と町の人が100人くらい集まってみんなで刈りとりました。

昼にはおいしいおそばやおにぎりをだしてくれます。
みんなボランティアで一日中働きます。


毎年そうやっているらしいです。



子供も大人も老人も日曜日の朝から、結構大変な仕事やけど集まってくる。
ほんまは嫌やとしても予定空けて集まってくる。

中学校のときなんかめっちゃ雨ふってたけどな、みんな、マイナタやマイカマもって集まってくる。


最高だなって思いました。


助け合う ってゆうのとはちょっと違ってて、ただ、そこで暮らす人々が集まり、共同で作業をし、そこでとれたものを食べ、話らい、酒をのみってゆうのが、びっくりするほど貴重に思えたし、こうゆう絆ってあるていど生活環境を共有する小さなコミュニティーじゃないと生まれないのかなあって思いました。



そこの絆は普段の仕事や暮らしの中にも明らかにつながっています。

そしてその中で育っていく子供たちにもつながっていくだろう。



本来「あるべき絆」が、ジャマイカの山奥にも、西表島にもあって、そこではそれをなくしては生活できないのだろう、今は。





でも僕自身の生活拠点はしばらくあちこちくるくるしてるから、多分これからもすこし。

だからその行く先々でそんな絆を楽しんでいきたい。
と思います!

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「絵を描くヤギのホームページ」
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  1. 2012/02/22(水) 23:48:56|
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キューバをふり返って

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僕が、2009年11月から一年間の世界一周の旅行へでる前、特に行きたかったのは中南米、中でもキューバは最も行きたい国でした。


革命家、フィデル・カストロが生きている間に。







以下、『青土社 現代思想 2008年5月臨時増刊号』に掲載されていた吉田太郎さんの「ルポ・脱貧困大国キューバ」より、



『キューバほどその評価が極端にわかれる国も数少ない。
文献やネット上の情報も両極端で、カストロの圧政が続き、国民は思想統制と貧困に苦しめられて自由を求めて亡命する者が後を絶たないとの米国系の情報がある一方で、左翼系の団体やNPOは、有機農業や海外への医療援助にスポットをあてて人類の希望の星と称える。


(中略)


文化、社会、政治、環境等、多方面からグローバル経済がもたらす影響を分析・批判し、ポスト・グローバル社会のあり方を検討するグループは「ポスト・グローバル社会の可能性」の中で、次のような一文を記している。

「貧しい人たちに言わせれば、必要なのは自分たちの暮らしが依存する食べ物や水への確実な権利、生きていくための人並みの仕事、子どもたちのための医療と教育だというだろう。お金が必要だとしても『経済成長や株価の値上がりが必要です』とは口にすまい。
乳幼児死亡率が低く、識字率が100パーセントで、貧しい人々や高齢者に食料や住宅が供給され、犯罪率が低く、投票率が高く、コミュニティが行う行事への参加度が高ければ、GDPやGNPや平均株価がどうであれ、健全な社会だと言えよう」。
となれば、乳幼児死亡率が米国よりも低く、ユネスコが行った「万人のための教育・世界モニタリング・リポート2005」で、フィンランドやカナダと並んで教育モデル国とされ、有機農業での自給を目指し、家賃は所得の10パーセント以下と定められ、犯罪率が低く、人々の政治意識やコミュニティへの参加率が高いキューバは、少なくともワーキング・プアが満ち溢れた米国、そして、それが問題化しつつある日本よりは、住むに足る真っ当な社会と言えるのではないか、と考えている。』






……


ポストグローバル社会を考え、生きていくということは、原子力発電のリスクや化石燃料の減少などに伴うエネルギーの問題、地球温暖化の問題より根本的で重要なことかと思います。

リーマンショックやギリシャ危機など近年、グローバル経済がもたらす悪影響は計り知れない。

さらにグローバル社会におけるいきすぎた自由化は第一次産業や地域文化の衰退にもつながるかとおもう。




キューバがフィデルカストロ、ラウルカストロが亡くなった後、どのように変わっていくのかわからないけれど、彼らが、キューバ国民が長年築いてきたものはポストグローバル社会を考える上で大きなヒントになるのではないかな、と思います。








キューバの家の入口はテラスのようになっており、そこにはロッキンチェアーがおかれ、何時間もゆらゆらとゆられながら、おじいちゃんやおばあちゃんたちが前を通りかかったひととゆらゆらしながら話をしていた。

そんな光景をなんども見かけた。

こんなにゆったりとした時間の中では僕が普段、重要だと考えていたことのほとんどは些細なことのように感じられるのではないか、と思った。










革命記念塔と。

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二人の英雄、カミーロ・シエンフエゴスとチェ・ゲバラ。

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役所的な建物のいり口の前にいたおじさん。

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アクリル絵の具で。






午前中から路上脇でラム酒をのんでいたおじさん達。僕にも一杯くれた。

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公園で葉巻を吸っていたおじさん。

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アクリル絵の具で。






毎日、宿の近くの公園に集まってくる子供達!

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ロッキンチェアー。

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車。

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  1. 2012/02/05(日) 11:21:24|
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